大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

釧路家庭裁判所北見支部 昭和54年(家)59号 審判

申立人 高田秀樹

右法定代理人 監護権者母 中西明子

主文

申立人の氏「高田」を母の氏「中西」に変更することを許可する。

理由

一  申立人の監護権者母は、主文同旨の許可審判を求めた。

二  一件記録および関連調停事件記録等によれば、つぎの事実を認めることができる。

1  申立人の父高田洋司(昭和二六年五月一八日生)と、母明子(昭和二七年一〇月三〇日生)は、昭和五〇年一二月一五日婚姻届出を了し、昭和五一年五月三一日長男である申立人をもうけたが、昭和五三年六月三〇日、申立人の親権者を父洋司と定めて協議離婚した。

2  父洋司は母明子を相手方として、昭和五三年八月九日、釧路家庭裁判所遠軽出張所に、「母明子は父洋司に対し申立人を引渡すこと」との調停を申し立て、その実情として、「申立人の親権者である父洋司が申立人を監護養育していたが、昭和五三年七月二四日正午すぎころ、たまたま申立人が他所で遊戯中、母明子は父洋司に無断で理由も告げずに、その現場から申立人を母明子方に連れ去つた。このことを知つて父洋司は、母明子に対し再三にわたつて申立人の引渡を求めたが、言を左右にして応じないので、本申立に及んだ。」と述べた。

3  母明子は父洋司を相手方として、昭和五三年九月一一日、釧路家庭裁判所北見支部に、「申立人の親権者を父洋司から母明子に変更する」との調停を申し立て、その実情として、「協議離婚の際申立人の親権者を父洋司と定めたのは、母である明子が錯誤に陥つていたことによるものである。協議離婚してから昭和五三年七月二三日までは父洋司が申立人を監護養育していたが、七月二四日からは母である明子が今日まで引続いて申立人を監護養育している。申立人は、現在、医師の診断では、喘息性気管支炎躯幹湿疹の疾患のため長期にわたる体質改善等の治療が必要であつて、母のもとでの養育を要するということであり、母明子が今後とも申立人を監護養育すべく本申立に及んだ。」と述べた。この事件は、同日、同裁判所遠軽出張所に回付された。

4  遠軽出張所における右の二つの事件は併合され、その後調査官による事実の調査等を経て、昭和五四年一月二六日の第三回調停期日において、当事者間に「当事者間の子秀樹の親権者は従前どおり父洋司とし、秀樹の監護者を母明子と定め、同人において監護養育する。」旨の調停が成立した。

5  右調停においては、調停委員会は、申立人の親権者を母明子に変更する方向で説得を試みたが、父洋司は、せめて親権者という名前だけでも自分のものに残しておきたいという意向が強く、調停委員会としても、このような父の心情を無視することができなかつたので、右のような調停成立の運びとなつたものである。

6  申立人は現在母明子のもとで元気に育つているが、父洋司は子の氏を母の氏に変更することには反対しており、みずから子の氏の変更許可審判の申立をする意思はまつたくない。

三  ところで、民法七九一条二項は、子の氏の変更許可審判の申立について、子が一五歳未満であるときは、その法定代理人がこれを代理することができる旨を規定しているが、子の父母が離婚してその一方を親権者、他方を監護権者と定めたときは、右の審判申立に関する限り、右の監護権者が右の法定代理人に該当し、監護権者が単独で子を代理して、右の審判の申立をすることができると解するのが相当である。けだし、民法七六六条一項が、父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者その他監護について必要な事項はその協議でこれを定め、協議が調わないときまたは協議ができないときは、家庭裁判所がこれを定めると規定し、その二項が、子の利益のため必要があると認めるときは、家庭裁判所は子の監護すべき者を変更し、その他監護について相当な処分を命ずることができると規定し、その三項が、右二項の規定は、監護の範囲外では父母の権利義務に変更を生ずることがないと規定しているのは、親権者制度のほかにいわゆる監護権者の制度が子の利益を図る見地から必要なものとして制定されたものであると解されるところ、監護権を有する父母の一方が現実に監護養育している子に対し自己の氏を称させることとする措置を講ずることは、明らかに右の監護権の範囲内にあるものであつて、この監護権者に子の氏の変更審判の申立代理権を肯定することが、子の利益を主眼とする民法七六六条の法意に合致するものと解されるからである。もしこれを、従来の考え方のように、右のような場合についても、親権者が子の法定代理人として子の氏の変更許可審判の申立をすることができるにすぎないと解すると、親権者が子の氏の変更に反対してその申立をしないときは、監護権者と子とが同一の氏を称する途が閉ざされてしまうことになり、かかる結果を容認することは、子の利益の見地からみて不合理である。もつとも、右のような場合は、むしろ親権者を従来の親権者から監護権者に変更すれば足りるとも解せられないではなく、当裁判所も、一般的には、父母間の監護紛争の解決に当つて、親権と監護権を双方に分属させることは子の心理状態に悪影響を及ぼすことが多いので、可能な限りこれを避けるべきであると考えるが、事案の内容いかんによつては、その一方がせめて親権者という名前だけでも自分に残したいと思う親の心情をまつたく無視して、親権者を監護担当者に定めてしまうことが不適当な場合があることは否定することができず、したがつて、例外的にではあるが、親権者と監護権者とを父母間に分属させることも、真にやむをえない場合があるといわなければならない。本件事案は、まさにこの例外の場合に当るというべきであろう。

四  以上の次第であつて、申立人の母である中西明子は、申立人の監護権者として民法七九一条二項に規定する法定代理人に該当し、本件は適法に申し立てられていると解されるところ、前記認定の事実関係に照せば、本件申立は認容すべきものと思料するので、民法七九一条、家事審判法九条一項甲類六号、家事審判規則六二条により、主文のとおり審判する。

(家事審判官 梶村太市)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例